2026.08.12

渋谷桜丘町 帯状の不連続地帯:幻の補助50号線

■桜丘町の帯状の不連続地帯
 渋谷区の桜丘町には渋谷駅付近から桜丘町に上るさくら坂という坂があるが、これは延長120mの区間だけ幅員が広いものの途中で途切れたような形の坂だ。もともと2車線だったが近年1車線に縮小されている
 先日このさくら坂周辺の地図を見ていてあることに気がついた。
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■さくら坂

 さくら坂の南の桜丘町23、渋谷区文化総合センター大和田の東に、さくら坂に続くように、坂と同じくらいの幅で低い建物が立ち並ぶ箇所がある。
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■さくら坂〜桜丘町23
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■桜丘町23:渋谷区文化総合センター大和田の東に低い建物が立ち並ぶ

 さらにその南の桜丘町22にも、街区をカーブしながら縦断するように、建物の高さが低い帯状の箇所があるのだ。
 さらにその南の桜丘町29鶯谷町19では上記のカーブに続くように道路沿いの建物がセットバック(後退)している。

 さくら坂~桜丘町232229~鶯谷町19にわたり、周囲の街並みとは不連続な帯状の地帯があるのだ。Map22
■桜丘町22〜鶯谷町19
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■桜丘町22:建物の高さが低い帯状の箇所
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■桜丘町29:斜めのセットバック
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■鶯谷町19:セットバック

■地下鉄?都市計画道路?
 このような周囲の街並みと不連続な箇所によくあるように、地下に鉄道が走っているわけでもない。
 また都市計画道路の予定地かと思い渋谷区の都市計画図を確認したがこの場所に都市計画道路は予定されていなかった。

■廃止された都市計画道路だった!
 しかし渋谷区の資料をあさるうち、このような資料をみつけた。
 2023年8月の「補助線街路第50号線」の都市計画変更の告示である。
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■補助50号線 計画図(渋谷区資料に青字を追記)
 これによれば補助線街路第50号線は渋谷区桜丘町(さくら坂下)を起点とし目黒区東が丘2丁目までをつなぐ約5kmの都市計画道路であったが、2023年に渋谷区桜丘町から鉢山町までの770mの区間が廃止になったのだ。
 計画図をみると帯状の不連続地帯がまさにこの補助線街路第50号線と一致することがわかる。

 都内の都市計画道路の予定地では新築は3階かつ高さ10m以下でなければならず、地階がある建物や鉄筋コンクリート造の建物は建てられないなどの制限がなされている。
 桜丘町22や桜丘町23の帯状の不連続地帯の中をみると、まさに全て3階以下の建物になっており、この都市計画道路予定地における建築制限が一帯の特殊な街並みをつくりだしていたのだ。

■不連続地帯の今後
 都市計画道路が廃止になれば上記の建築制限はなくなる。今後建替えが進むにしたがってこの不連続地帯も消えてゆくのだろう。
 戦後間もない1946年に都市計画決定されて廃止されるまで77年。77年も経過すれば渋谷をめぐる状況も変化するということか。

2026.03.27

瀬田隧道:大田区民は神奈川の水を飲んでいる

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瀬田隧道との出会い
 世田谷区の瀬田を歩いていて、「瀬田隧道(ずいどう)」という銘板がついた閉鎖されたトンネルを見つけた。
 瀬田隧道という名前は知っていたが、それがどのような用途のものかは知らなかった。隧道とはトンネルのことである。しかし車が通るような構造には見えない。鉄扉が閉ざされ錠がおろされている。一体何の用途のためつくられたトンネルなのか。
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■瀬田隧道と周囲の状況

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■隧道は鉄扉で閉ざされ錠がおり、金網が入った窓が開いている

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■銘板

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■金網が入った窓から中を覗く

 結論からいうと、これは城南地区の水不足解消のため川崎市から譲り受けた水を、多摩川沿いから城南地区へ導くために設けられた水道管用のトンネルである。

東京都水道相模川系拡張事業
 東京都は1898(明治31)年上水道による給水を開始したが、明治の末にはすでに水不足をきたしていたという。
 1943(昭和18)年、東京都は給水量に余裕がある川崎市からの分水をうける協定を神奈川県・川崎市と締結した。しかし戦況が激化したため事業実施に至らなかった。
 戦後の1950(昭和25)年、「東京都水道相模川系拡張事業」として改めて工事に着工、1959(昭和34)年には川崎市多摩区の川崎市上下水道局長沢浄水場の隣に東京都水道局長沢浄水場が建設され、1960(昭和35)年には事業全体が完成し、大田区の大部分と品川・港・世田谷区の一部に川崎市内の長沢浄水場から水が供給され始めた。
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■相模川系拡張事業のルートと給水区域(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973 に加筆)

瀬田隧道
 瀬田隧道は、長沢浄水場から延びた水道管が登戸付近の多摩水道橋で都内に入り、東進して山手台地に入る世田谷区瀬田につくられた延長109mの隧道(トンネル)で、1956(昭和31)年に完成した。隧道内には直径1.8mの水道管が通っている
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■瀬田隧道の位置(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973 に加筆)

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■瀬田隧道の平面図(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973)

 上野毛側の抗口は区道に面しており「瀬田隧道」の銘板が取りつけてある。入口の金網から覗くと中の様子が窺える。
 そして抗口横の階段を上り丘の反対側へ下りると、丘の下の丸子川に橋がかかり、閉じた鉄扉の20mほど奥に丸子川側の抗口が見える。
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■丸子川側:ガードレールの向こうが丸子川。コンクリートの橋がかかり青い鉄扉が閉じ、奥に道が続いてている。

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■丸子川側:横から見た橋。資料によれば直径1.8mの水道管が丸子川を横断しているはずだが見当たらない。川の下を通っているのだろうか。 

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■丸子川側:鉄扉の向こうに道が続いている。

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■丸子川側:鉄扉のすきまから撮影。奥に続く道

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■丸子川側の抗口

 東京都水道局に問い合わせたところこの瀬田隧道は現役の施設であるという。

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■工事中の上野毛側抗口(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973)

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■工事中の丸子川側抗口(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973)

特撮番組と瀬田隧道、そして長沢浄水場
 瀬田隧道は特撮番組にも登場している。
 「ウルトラQ」第6話「育てよ! カメ」で太郎少年がのちにガメロンに成長するカメをこっそり育てている場所として登場する。
 また「ウルトラマン」第12話でミイラ人間が逃げ込む場所としても登場する。どちらも隧道の中に入って撮影されているようだ。
 また瀬田隧道と同じ相模川系拡張事業で整備された長沢浄水場はその特徴ある姿から数多くの特撮映画・テレビ番組に登場している。

おわりに
 浅学にして川崎市が東京都に水を分けていることを知らなかった。
 京都民・大阪府民に対して「琵琶湖の水止めたろか」という滋賀県民のジョークがあるが、神奈川県民は大田区民に「相模川の水止めたろか」と言えそうである。【吉】

参考:「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973

2025.06.30

高田馬場 西武新宿線擁壁下 不法占有建築物のうつりかわり

 2025年6月、高田馬場の西武新宿線の擁壁にへばりつくように建てられた不法占有建物の解体が着手された(高田馬場経済新聞「西武鉄道が高田馬場駅前で不法占有建物解体工事 戦後からの風景に終止符」)。

 土地所有者の西武鉄道は「詳細は分かりかねるが、戦時中、戦後の混乱期に建物が建てられた状態となった」と説明しているということだが、その分かりかねる部分を、過去の資料を掘り起こすことで少しでも明らかすることができないか、というのが今回の趣旨だ。

 戦前に建物はなかったのか。本当に戦後増えたのか。戦後から現在までその数に変化はあったのかを、過去の住宅地図や火災保険特殊地図で調べた。できれば当時の写真があればよかったのだが、今のところこの場所が写った過去の写真は見つけることができなかった。

 なおこの場所には別にとりあげた西武新宿線の下に清水川を通したトンネル「戸塚暗渠」もあるので多少そちらと内容がかぶるところがあるがご容赦いただきたい。

 

いきなり結論

 以下収集した資料を並べて解説していくが、細かい事実関係に興味がない方のために結論だけ先に述べよう。


  • 戦前も今の場所に何かしらの小屋が並んでいた。
  • 戦後神田川まで建物の列が延びた。
  • 1970年頃公園整備に伴い神田川寄りの建物半分は消滅、早稲田通り寄りの半分は残った。
  • 以後建物の配置は大きく変わっていない。

年代別に地図を示しながら解説していく。

 

1938(昭和13)年

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 1938(昭和13)年の火災保険特殊地図である。西武新宿線(当時は村山線)が仮設の高田馬場駅から図にある区間を通って現高田馬場駅まで延長したのが1928(昭和3)年なので、西武新宿線の擁壁建設後10年の姿である。
 戦後の混乱期に建てられたと言われている現在の建物の場所にはすでに建物が建っており、「小ヤ(小屋)」と表記されている(黄色着色部分)。これらが土地の所有者である西武鉄道が建てたものか、すでに不法占有によって建てられていたものかは不明。
 なお前面の道は現在と違い西武新宿線沿いにまっすぐ伸び「神高橋」に続いている。
 小屋の端にはトンネルの表記があり、現在閉鎖されている戸塚暗渠が当時通路として機能していたことがうかがえる

 

1954(昭和29)年

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 戦後9年めの状況である。擁壁下の建物は延び、神高橋まで続いている(黄色着色部分)。
 建物の表記を神田川沿いから並べると「山田」「竹田染物」「のみや」「相原」「高橋」「守山」「武山三郎」「島村」「土地」「伊藤」「のみや」「ふくや のみや」「バー トロンバン」「はな」「すし」である。
 最も神田川沿い寄りには水利をいかした染物屋があり、神田川寄り北半分は個人名が多く、1938年に「小屋」だった早稲田通り寄り南半分は「のみや」で一括表記されている。
 早稲田通りに面した南端には「すし」の表記があり、これが現在まで続いている「幸寿司」の可能性もある(青色着彩部分)。

 

1969(昭和44)年

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 早稲田通り寄り南半分にも各店舗名が表記されている。「モガミ」「幸寿司」は今回解体となる前まで営業が続いていた(青色着彩部分)。

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■最後まで続いていたモガミ(左側のトンネルは戸塚暗渠)

 なおこの一帯の風景が「警視庁物語 遺留品なし」に登場している。公開年は1959年とこの地図より10年ほど前になるが、地図上の店名とよく対応している。

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 長田刑事(堀雄二)、渡辺刑事(須藤健)の二人が、タクシーが容疑者をおろしたダンス教室に向かうシーン。刑事を乗せたタクシーは早稲田通りをやってきてこの道へ入っていく。角に「幸寿司」がみえる。これに続くダンス教室のシーンはもう一本先の道で撮影している。

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 林刑事(花澤徳衛)、高津刑事(佐原広二)が結婚相談所を訪れるシーン。結婚相談所の背後に「戸塚歯科」「海の誉」「バー ゴールド」がみえる。それに続くシーンでは神高橋の上で会話する二人の背後に神田川、西武新宿線、山手線が見えている。

1973(昭和48)年

1973
 神田川寄り北半分の建物がなくなる。神田川沿いには現在も規模を縮小して残る高田馬場駅前公園ができる。それに伴い前面道路は神高橋に直結しなくなる(緑色着色部分)。

 

1985(昭和60)年

1985
 大きな変化なし。しかし駅前でもないのになぜ高田馬場駅前公園と名づけたか。

 

1998(平成10)年

1998
 大きな変化なし。「モガミ」が個人名になっているが一時期別の店舗になっていたのかどうかは不明。

 

2005(平成17)年

2005
 大きな変化なし。「モガミ」の店名が消えているが一時期別の店舗になっていたのかどうかは不明。

 

2015(平成27)年

2015
 2009年駅前公園の一部に戸塚特別出張所が完成したことにより、高田馬場駅前公園は大幅に縮小、一層駅前の名にそぐわない状態になった。「もがみ」が復活。

 

2024(令和6)年

2024
 解体に向けた退去がすすみ店名がほとんどなくなっている。

 

2025(令和7)年6月15日

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 解体工事は2026年2月まで。それによって現在建物に半分隠されている戸塚暗渠があらわになり、多くの人の目にとまるようになるだろう。戸塚暗渠がどのような扱いになるか注目したい。【吉】

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