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2002.03.31

こどもにんぎょう劇場「パンを踏んだ娘」

 伝説の人形劇である。それを見た誰もがその恐ろしさを語り、永年にわたり幼い心にトラウマを刻みつづける。
 どのくらい放映され続けているのか知らないが、「20年ほど前に見た」との証言も寄せられている。

 貧しい母親と暮らしている少女インゲルは美しいが高慢な少女。また彼女は蝶の羽をむしったり、甲虫に針を刺したりと常軌を逸した冷酷な娘である。
 ある日インゲルは金持ちの老夫婦に見初められ、養子として貰われていき、毎日毎日綺麗な服に身を包み幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
 ところが老夫婦が、たまには母親に会っておやりと、インゲルを着飾らせ、パンを1斤持たせてインゲルを里帰りさせる。嫌々ながら故郷へ向かうインゲル。ああ、これがインゲルの災難の始まりであった…。
 故郷へ着いたインゲル。だが彼女は道の向こうに母親を認めるや、そのみすぼらしい姿に逃げ出してしまうのである。インゲルを追う母。逃げるインゲル。ところが逃げるインゲルの行く手にぬかるみが立ちはだかるのだ。真新しい靴を汚したくないインゲルはここで策を講じる。持っていたパンを足がかりにぬかるみを渡ろうというのである。来るときはぬかるみをどうしたのか、という細かい詮索はさておいて、インゲルはパンをぬかるみに置き、その上に足を置いた。その時! インゲルの体はぬかるみにずぶずぶと吸い込まれてしまうのである。

 底へ底へと沈んでいくインゲル。漸く底にたどりつくとそこには「沼女」が。そこへやってきた悪魔がこれ幸いと、インゲルを地獄へ連れて行き飾りものの石像にしてしまう。ここで沼女が水の底にもかかわらず火を焚き煮物をしているシーンがあるので、とりあえず指摘しておこう。

 ところ変わりここは地上。ある少女がインゲルの話を聞き、哀れがって涙をこぼした。その時奇跡は起こった。石像だったインゲルは一羽の鳥となり地上に戻ることができたのである。だが神の懲罰はこれでは終わらない。鳥となったものの姿はみすぼらしくその声は奪われ、餌を他の鳥に譲ることを運命づけられるのである。延々と他の鳥に餌を譲り続けるインゲル。そして永い月日が経ち、譲った餌が自分が踏んだパンと同じ量になった時、第2の奇跡が起きる。インゲルに声が戻り、美しい鳥となり空へ飛び去っていくのだ。

 話はここでおしまい。そう、インゲルはついに人間に戻れなかったのである。何と粘着質な神! 少女が涙を流した段階でインゲルは救われてもよさそうなものだが、神はそうはしない。声を奪って修行をさせ、修行が終わっても人間には戻してもらえないのである。一度悪事をあたらいた者には永遠に救いは訪れないというわけだ。残された母親や老夫婦がいかに嘆こうとも、神にとってインゲルへの懲罰の方が大事らしいのだ。

 話の初めのインゲルの残酷な所行といい、決定的な救いが訪れないオチといい、全てが暗さの一点に収束しているストーリーである。原作はアンデルセン。「マッチ売りの少女」も気の毒な話だが、最後におばあさんに導かれ天国へ行った。「パンを踏んだ娘」は一点の救いもないのだ。

 そしてこのダークなストーリーをさらに盛り立てているのが映像と音楽だ。影絵を用いた映像、古風なハモンドオルガンの音色にのせた女声がこの話全体に悪夢のような雰囲気を与えている。その効果が最も発揮されているのが、インゲルが果てしなく沼に沈んでいくシーンだろう。このシーンは「ベン・ハー」の戦車のシーンと並んで、ニューヨーク近代美術館に保存される価値がある。ちなみにこの恐ろしい歌の作曲は、「おかあさんといっしょ」にも多数曲を提供している越部信義氏だ。

 「パンを踏んだ娘」は平成13年度も放映され、今尚いたいけな子供の心にトラウマを刻み続けている。【吉】

2002 03 31 04:20 AM [学校放送幼保の時間人形劇/アニメ] | 固定リンク

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