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2013年5月 3日 (金)

アメリカ開拓民が食人を行っていた証拠見つかる

 ヴァージニア州ジェームズタウンの17世紀当時の英国植民地を発掘していた考古学者が、植民地内で食人が行われていたという、目撃者によって残された記録を裏付けるはじめての物理的な証拠を発見した。この発見の中には、頭蓋骨に刻まれた切り傷や、肉や脳を取り除かれた14歳の少女の遺骨が含まれている。これらはおそらく1609年の厳しい冬の間に飢えた開拓者が口にしたものとみられる。
 今回の発掘品はNPOであるプリザベーション・ヴァージニア(ヴァージニア保存会)のウィリアム・ケルソ氏を団長とする調査団が発掘し、ワシントンのスミソニアン国立自然博物館の自然人類学者ダグラス・オーズリー氏によって分析された。この発見が報じられたスミソニアン・マガジンの記事によれば、頭蓋骨は前頭部にためらい傷と後頭部に4つの傷があり、そのうち一つが頭蓋骨を割っていた。
 初期のアメリカ開拓者はこの時期を「飢えの時期(the starving time)」と呼んでおり、1609年から1610年についての説はあまりにおぞましいため学者もその真偽を疑っていた。当時の英国植民地ジェームズタウンの長ジョージ・パーシーは、開拓者は馬を食い、続いて犬や猫を、さらにブーツや皮製品を食い、最期にお互いを食い始めたと記録している。彼は「わが入植地の一人は自分の妻を殺し、子宮から胎児を取り出し川に投げ込んだ。その後彼は妻を細かく切り刻み塩漬けにし、食用としていた。」と書いており、その後この男性を死刑に処した。名を知られた開拓者ジョン・スミスは「彼女は焙られたのか煮られたのか、焼かれたのかは知らないが、妻のみじん切り(powdered wife)などという料理は聞いたことがない。」「これが今日『飢えの時代』と呼ばれている、我々が耐え忍んだ当時の様子である。口に出すのも汚らわしく、恐ろしくて信じることもできないだろうが。」と書いている。
 研究者は、少女の遺体はジェームズタウンで確かに食人が行われたことを証明する最初の法医学的な証拠だとしている。「1609年と1610年の冬にジェームズ要塞の開拓者が直面した絶望と追いつめられた状況は、この少女の遺体の死後の処理に表れています。」とスミソニアン博物館の考古学者オーズリー氏は言う。「復元した骨片にはためらいを伴った切り傷が刻まれており、動物の食肉処理に不慣れな様子を示しています。」「しかし遺体を解体し、脳や顔の肉を採り食用にしようとした意図は明らかです。」
 少女の遺体は昨年夏こみ捨て場跡で馬や犬の骨とともに見つかった。臼歯の状態から彼女は14歳だったと判定されている。骨の同位元素は彼女が高たんぱくな食事をとっていたことを示しており、メイドではなく階級のある男性の娘だったと考えられている。
 コロニアル・ウィリアムズバーグ基金の歴史家ジェームズ・ホーン氏は、この少女は1609年の6月はじめにプリマス植民地から航行してきた6隻の物資供給船団でこの地についたと思われるという。「どうしようもない状況の中で、英国人は食人をせざるを得なかったのです。」と彼は言う。
 この植民地はその後1610年の5月にバミューダに置き去りにされた開拓者がこの地に到着して救われた。その時は骨と皮だけになった生存者60人だけが発見されている。(Daily Express:動画と画像あり)
 "Historic Jamestowne"によれば、飢えの時代以前には214人の入植者がいたという。【吉】

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5月 3, 2013 at 05:25 午後 今日のトピックス |

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