2022.09.22

映画「踏みはずした春」と東京にあった「乗馬道」

■「踏みはずした春」の不明なロケ地
このところ70年代以前の渋谷の映像について撮影された場所を特定することを進めており、「東京ポチ袋」の「映像の中の渋谷」で順次紹介をしている。

その作業の中で、映画「踏みはずした春」のロケ地について2つの疑問が残った。

①ラストシーンの道はどこか
ラスト、小林旭と浅丘ルリ子が並んで歩いてゆくのを左幸子と二谷英明が見送る広い並木道はどこか。
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小林旭をウキウキで迎えにいく左幸子
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ところがガードの横から浅丘ルリ子が現れ…
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ハラハラの左幸子と二谷英明 背後に「喫茶外苑」
 
②渋谷警察署とされた建物は何か
小林旭が釈放されるシーンで、渋谷警察署とされている建物が他の映画と明らかに違っているのだが、この建物は何か。
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渋谷警察署(にせもの)
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建物全景 小林旭を木の陰で待つ左幸子
Img_4998 警察署から続く道 え…無視なの…?

この疑問を解決する過程で都内にあった「乗馬道」という特殊な空間の存在を知ったので、解明の過程を順を追って紹介したい。

■ラストシーンの道の特定
まずは①の場所から考え始めた。手がかりは

・幹線道路クラスの広い幅員
・まっすぐな線形、いちょう並木
・線路沿い
・線路は道路より少し高く、低いガードがある
・沿道に「喫茶外苑」がある

である。

見覚えのない道だが、しばらく地図と見比べ、条件に合うのは国立能楽堂付近、千駄ヶ谷駅から代々木方面へ延びる都道414号と総武線ではないか、現在鉄道と都道の間は分厚い首都高速4号の構造物でさえぎられているが、首都高がなければこのような風景なのではないかと考えた。

そう考えると鉄道と道路の間の広い空間はのちに首都高がつくられるスペースと考えられるし、浅丘ルリ子が待っていたガードは、現在高速道路に隠されている仲道ガードか大通ガードと考えられ、色々と条件が合致する。

のちに当時の住宅地図で画面に写っていた「喫茶外苑」を発見し、この場所だと確定した。
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■「乗馬道」の存在
実は上記のことを調べているうち、興味深い事実を知った。

都道414号と総武線の間の広いスペース、映画の中では広い緑道のような使い方をされているこのスペースが、鉄道史探訪家の内田宗治氏が書いた記事によれば、戦前明治神宮と外苑を繋いでいた乗馬用の道だというのだ(URBAN LIFE METRO「昭和の戦前、なんと中央線に沿って『乗馬道』があった! いったいなぜなのか」※図面もあって面白いので必見)。
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長さ約750m、幅約7mの砂と木くずを混ぜたものが敷かれたこの乗馬道が、戦後廃止され映画に写っているような幅広い緑道となり、60年代には高速道路の建設用地として利用された。それによりこの道路の風景は、ひと目映画で見ただけではどこかわからないくらい変貌したのだ。

■「渋谷警察署」の特定
次は「渋谷警察署」とされる建物についてだが、乗馬道の存在を知ったことから、次のように考えた。

・「警察署」に続く道にも広い緑道状の空間があった。
・この「警察署」も乗馬道の沿道にあるのではないか。

この時点で思い当たる建物があった。北参道にあり、現在ゼネコンのフジタ本社がある修養団SYDビルだ。
修養団とは1906年に設立された教化団体であり、大部分の教化団体が戦後解散させられた中現在でも存続している団体である。
同ビルは1996年に建設された十数階建の高層ビルだが、この前身となったビルがあって、それが渋谷警察署として使われたのではないかと考えたのだ。

建替え前の建物の姿を探すうち、修養団の広報誌「SYDかわらばん」に行き当たった。同誌の2021年5月20月号に「歴史探訪 修養団事務所の変遷」という記事があり、その中に「渋谷警察署」と同じ建物を見つけた。ビンゴ。
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修養団会館。1926年建設。(SYDかわらばん 2021年5月20日号より)

■映画「踏みはずした春」について
以上がロケ地特定と「馬車道」を知った経緯だが、最後に「踏みはずした春」について紹介しておこう。

1958年の日活映画で監督は鈴木清順。
少年院帰りの小林旭の更生をボランティアとして支援する左幸子。彼女は就職の世話や、小林とその彼女である浅丘ルリ子との再会を手伝うなど小林の社会復帰を図る。しかし左は次第に役割を超えて年下の小林にほのかな好意を抱くようになり…というあらすじ。
乱暴者だが年上の左が好意を寄せてしまうような愛嬌に満ちた小林のキャラクター、敵役ながら憧れてしまうほどかっこいい宍戸錠、小林に対する淡い想いを見事に演じる左の演技とそれをバックアップする林光の音楽など、見ておいて損はないと思う。

そして何より全編渋谷周辺のロケが中心なところが「映像の中の渋谷」を進めている我々には魅力だ。今後「映像の…」の中で今後順次発表していくので乞うご期待【吉】

9月 22, 2022 ■渋谷区 |

2022.09.19

渋谷定点観測02-22 その7 渋谷センター街

032 渋谷センター街その1

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基本的に看板は変わったが建物自体は変化がない。テナント総入れ替えの中大黒屋強し。

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033 渋谷センター街その2

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建物も舗装も街路灯も変わっていない。変わったのはテナントだけ。松屋と歌広場、ABC-MARTはセンター街では老舗。

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034 門

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「新楽飯店」は「香港食市場」に、「ポプラ」はラーメン屋「神座」になったが、創業73年の「門」は20年くらいでは看板のデザインすら変えない。

9月 19, 2022 ■渋谷区渋谷定点観測02-22 |

2022.09.12

渋谷定点観測02-22 その6 井の頭通り

027 渋谷ロフト

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LOFTや西武のロゴまわりの配色、右側のビルのファサードが変化したほかは基本的に変化なし。隣のビルのプロントも健在。後方の西武渋谷店パーキングビルの窓が塞がれている。

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028 井の頭通り裏袋小路

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1985頃
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この地点は1985年頃にも撮影していたので3時点を比較してみた。1985年頃にはまだ木造の民家に囲まれた一画だった。2002年以降はパルコがデカくなった以外は大きな変化なし。
 
【おまけ】
ついでに1985年頃のこの界隈(地点A)の画像を定点観測から離れて一枚だけ。

当時すでに109やパルコの街であった渋谷の、通りから一歩入ったところに突如現れる繁華街の空白地帯に驚きシャッターを押した記憶がある。背後に東急ハンズ、ホテルオリエント(のちのシネマライズ)、パルコpart1,part3等が見える。 028a
ロフトやスペイン坂を含むこの一帯がこの時期まで開発から取り残されていた背景には、区画整理がこの一帯だけ行われなかったことがあるように思う。1948年~1972年にかけて、渋谷駅を中心とした84haの範囲で道路の拡幅や敷地の形の改善を目的とした戦災復興土地区画整理事業が行われたが、この一帯だけ「除外地区」として外されており、その結果行き止まりの道や細長い敷地、細い階段道が残された。その結果スペイン坂のようにその特性を活かした街がつくられた一方、袋小路の周囲は長く開発から取り残された。除外されたのにはどのような経緯があったのだろうか。

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東京都建設局「甦った東京:東京都戦災復興土地区画整理事業誌」(1987.3.30)より作成

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029 スペイン坂

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左側奥はシネマライズ。シネマライズは2016年に閉館、同年ライブハウス「WWW X」になった。右手の雑貨店「大中」をはじめほとんどのテナントが変わる中、スペイン料理「びいどろ」は生き残っている。縦書き2文字×2行の看板は読み間違えられることが多かったのか、文字の配置が横書きになっている。背後のパルコが巨大化して背景を覆いつくしている。

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030 宇田川交番・渋谷角海老・兆楽

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交番や角海老前の歩道部が拡張され、ガードレールも新しくなっている。街路灯の位置も変わり交番前の木も育った。角海老入口上の斜体太ゴシックのネオンがなくなっている。兆楽は健在。なお兆楽は三千里薬品の天津甘栗の社長がやってるって知ってた(シブテナ「渋谷の1日を見守る中華定食店『兆楽』」)

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031 龍の髭

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台湾料理店「龍の髭」は2014年で閉店。跡地のビルにはスニーカーショップ「atmos」がオープンした。

9月 12, 2022 ■渋谷区渋谷定点観測02-22 |