製作:1953年
製作:永島一朗 監督:田中絹代 原作:丹羽文雄
脚本:木下惠介 撮影:鈴木博
出演:森雅之/加島春美/夏川静江/宇野重吉/
久我美子/香川京子/木下恵介
(ぴあシネマクラブ)
丹羽文雄による同名小説の映画化。現在のザ・プライムの裏手にあった恋文横丁(すずらん横丁)に実在した代書屋を舞台にしている。ストーリーはシンプルなメロドラマにしかすぎないが、渋谷駅近辺でロケされており、あたかも監督の田中絹代が当時の街並みを記録することを意図したかのように、50年代の渋谷駅前が克明に映し出されている。
■ストーリー
真弓礼吉(森雅之)は、互いに慕い合いながら戦争に仲をひきさかれた道子(久我美子)が忘れられず、毎日銀座に、新宿に、道子の姿を追い求めていた。ある日真弓は語学学校時代の友人山路(宇野重吉)に出会う。山路はもっぱら夜の女を相手に、米兵への手紙の代筆を商売にしていた。定職についていない真弓は山路に誘われるまま、代書屋の手伝いをすることになる。 ある日代書屋の裏で休んでいた真弓は、聞き覚えのある声を耳にする。それは夜の女に身をおとしていた道子だった。真弓は道子を激しくなじり、道子は別れを告げる。道子を慕う心と責める心の間で悩む真弓。弟(道三重三)はそんな兄の気持ちを察し、山路とともに二人の仲をとりもとうとする。かたぎの職についた道子を真弓と引き合わせようとするが、悩む真弓は約束の時間に現れなかった。ついに決意した真弓が約束の場所に急ぐころ、悲観した道子は死を選ぼうと走ってきた車に身を投じたが…。
■三千里薬局、ハチ公、喫茶ヒサモト
まず森雅之が旧友の宇野重吉と出会うシーン。このシーンの冒頭で、今の109-2からJRのガードのあたりまでが俯瞰される。三千里薬局の看板で一目でそれとわかる。三千里薬局の背後には今もある三和(現UFJ)銀行が。森と宇野が出会う背後にはハチ公。その後二人は喫茶店で語らうが、このヒサモトという喫茶店は実在しており、現在は世田谷区太子堂に移転している。
■すずらん(恋文)横丁
宇野が森を自分の代書屋の店に連れていくシーンで、後の恋文横丁となる「すずらん横丁」を通る。よくできたセットだと思っていたが、1950〜60年頃の地図と比べると、「餃子の味楽」など看板に実在していた店の名が見受けられ、位置関係からみると実際に恋文横丁の代筆屋界隈でのロケらしい。
■道玄坂上交番
森の弟役の道三重三が、古本屋の出店場所について交番に交渉にいく。この交番の入口には「道玄坂上…」という文字が見える。現在のマークシティの入口の位置にあった道玄坂上交番だろうか。
■現109あたりからハチ公前、井の頭線入口とホーム
やがて森は代書屋に現れたかつての意中の人久我美子を追って大通りへ出る。ここから久我に追いつくまでのシーンは、当時の渋谷駅前が存分に映し出されている。
すずらん横丁から通りへ出る森。左側に「サモワール」という店が。現在の(当時もあったが)美々薬店の横から文化村通りへ出た形である。なおこのサモワールは現在は東急本店から円山町へ上る坂沿いに移転して現存するとのこと(「狷介老人徘徊日記」による)。
通りを行く森。その背後には「アポロ」「渋谷スポーツ社」「さかえ寿司」ボタン屋の「アザミ」などの名が見える。今の109のあたりにかつて道玄坂と文化村通りをショートカットする通りがあった。そのあたりである。
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「恋文」は、実際に恋文横丁の付近で撮影された。青色が火災保険特殊地図による当時の建物。現在の建物との位置関係は若干ずれがある可能性がある。
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森が横断歩道を横切る背後には、現109の場所にあった洋品店「三丸」が。道玄坂下に渡った森を追いかけてカメラは高所からパンするが、「丸南」甘味の「うちだ」「大和田果物店」「みつわ玩具」などという店が映っている。このうち「丸南」「大和田果物店」は現在もある。道玄坂下から井の頭線大和田口にかけての一帯だ。
ハチ公前に来た森は、久我の姿を認め、現在の井の頭線高架下のあたりにあった、建物と建物に挟まれた井の頭線入口の階段を上る。角帽の学生が多いのは駒場へ向かう東大の学生か。そして屋根がなく日がふりそそぐ当時の井の頭線のホームで、森はようやく久我と再会できるのである。
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映画の中で久我美子を追う森雅之の足どり
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この後は森と久我の心のすれ違いが話の中心となり、あまり渋谷の街は出てこないが、このほかにもこの映画にはボンネットバスやオート三輪が走り回る銀座四丁目、新宿駅ホームの雑踏、夜の日比谷公園界隈が映し出されており、貴重な映像記録となっている。
なお久我の下宿を尋ねていった道三が、宿主に自分の店を「渋谷の三角地帯にある店」と紹介している。当時すずらん横丁や109のあった闇市の地域は「三角地帯」という名称で一般に通じていたことを伺わせる。
▼参考資料
「恋文」(DVD)
ぴあシネマクラブ
狷介老人徘徊日記
冨田均「東京映画名所図鑑」平凡社 1992.2
常盤新平・都筑道夫「それぞれの世代・それぞれの渋谷−あのころの百軒店の喫茶店『東京人No.26 特集:渋谷はいつも今のまち』」 財団法人東京都文化振興会1989
中林啓治「記憶の中の街 渋谷」河出書房新社 2001.9.20
東京都全住宅案内図帳 渋谷区(西部) 住宅協会1958頃
火災保険特殊地図 日本火保図株式会社195?年