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2019.06.02

渋谷安全菩薩:二・二六事件の怪談と法務局事務官の死

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■東京法務局渋谷出張所の敷地内にひっそりと建つ「安全菩薩」
 渋谷公会堂、渋谷区役所、神南小、東京法務局渋谷出張所がある一画はかつて陸軍衛戍(えいじゅ)刑務所があった場所で、ここで二・二六事件の首謀者十九名が収監、処刑されたことはよく知られている。同事件関連の記念建造物としては仏心会が建立、管理している慰霊像が有名だが、ここでは東京法務局渋谷出張所の敷地内にひっそり建っている「安全菩薩」を紹介しよう。
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■東京法務局渋谷出張所と陸軍衛戍刑務所の位置関係
【二・二六事件と怪談】
 この一帯には2・26事件にまつわる怪談が伝わっている。「松谷みよ子『現代民話考 III ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』」にはNHKのプロデューサーやディレクターからの聞き書きとして以下のような話が収録されている。

「昭和四十年代の話。いまのNHK放送センターのあるところは、二・二六事件の将校たちの処刑されたところなので、この建物ができたとき、その幽霊がでたそうです。」「東口玄関のすぐ前に、二・二六事件の若い将校達が処刑された地がある。そのせいか国際局や宿直の人々がうなされるという。」
松谷みよ子(1987)『現代民話考 III ラジオ・テレビ局の笑いと怪談』立風書房.

 NHK放送センターがこの神南の地に移転したのが1973(昭和48)年、仏心会の慰霊塔が建立されたのが遡ること8年の1965(昭和40)年なので、慰霊塔の存在がNHK内での怪談の発生に寄与したことは十分に考えられる。

【事務官の不審死と安全菩薩】
 話を「安全菩薩」に戻す。東京法務局渋谷出張所の一画に小さな菩薩像がありその傍らに碑が建っている。碑文は以下のとおりである。
 「安全菩薩 十九名の青年将校と玉井事務官の霊及び 一切の諸霊の冥福を祈り 庁舎及び職員(家族)の安全を祈願する 昭和五十七年七月十五日 東京法務局渋谷出張所長」
 十九名の青年将校とは二・二六事件で処刑された将校達だろう。では玉井事務官とは誰か。なぜここで庁舎及び職員の安全を祈願しているのか。
 
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■碑文
 これについて渋谷に関する昔話を古老に聞き書きした「渋谷民話の会 野村敬子編『渋谷ふるさと語り 二十一世紀の孫たちへ』」に記述があった。

「昭和五十六年に若くて有能な、将来を嘱望されている玉井さんという事務官が派遣されてきましたが、その玉井さんが宿直をした時に原因不明の不慮の死をとげられました。」「その時の法務局の渋谷の所長さんが、これは、ということで、宗教家に相談したのだそうです。いろいろ調べた結果、この法務局の建っていた所は『二・二六事件』の、処刑場の後だということがわかりました。それでこれは御祓をしなければならないと、『安全菩薩』を建てたのです。」
渋谷民話の会 野村敬子編(2001)『渋谷ふるさと語り 二十一世紀の孫たちへ』渋谷区.

 この内容はあくまで聞き書きであるので、より正確な事実関係を求めてこの事件に関する新聞記事・雑誌記事を探してみたが、見つけることはできなかった。

 公共施設の敷地内に菩薩像を建立することについて、当時法務局内でどのような論議がなされたのか。出張所長が私費を投じたのだとしても、公共の土地に宗教的な像を建てることは相当ハードルが高かったと思われる。論理的に進められるべき行政の施設内に、心霊や祟りといった非論理的な事象の象徴が食い込んで、街並みの中で違和感を放っている。

6月 2, 2019 at 01:48 午前 ■渋谷区 |