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2020年4月

2020.04.14

代々木4丁目:高低差が生み出した3棟のマンションの複雑な空間

【河骨川の谷と3棟のマンション】
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■周囲の地形(「東京地形図 on the Google Earth」gridscapes.netをもとに作成)

 山手通りを初台交差点から代々木八幡方面へ少し向かうと、東側に河骨川上流の深い谷が開ける。この谷へ下りる1本の階段があり、階段に並んで山手通り沿いに「ブランノワール代々木」「アクサス渋谷初台」「ハイツ参宮橋」と3棟のマンションが建っている。参宮橋と初台の中間地点にあり、どちらの地名もブランド力としては優劣つけがたいため、3棟がそれぞれ別の地名を冠しているのが面白い。それはさておき。
3棟に共通するのは谷底に立地しながら山手通りに面しているという点だ。だが道路の法面の幅があるため3棟とも山手通りから7、8m後退している。この特殊な立地条件をクリアするために3棟がそれぞれに工夫をした結果、この一体には実に複雑な空間が生み出されている。
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■谷底へ下りる階段

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■3棟のマンションまわりの複雑な空間

【広大なアプローチとデッドスペース】
 「ブランノワール代々木」「アクサス渋谷初台」はいずれもほぼ建物の間口いっぱいに山手通りにアプローチを延ばしており、非常に広大なアプローチとなっている。
 一方「ハイツ参宮橋」は幅約2mのアプローチを延ばし1階と地下1階へ振り分け、さらにつづら折りの階段を設け地下2階および駐輪場へのアクセスを確保している。それ以外の部分はデッドスペースとなっており、角地に大きなデッドスペース(デッドスペース①)が広がるという奇妙な風景がつくり出されている。なお、「ブランノワール代々木」「アクサス渋谷初台」の間にも広いデッドスペース(デッドスペース②)が残っている。
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■ハイツ参宮橋のつづら折り階段。美しい。

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■デッドスペース①。管理用階段がある。道路に面する平坦な部分までフェンスで囲まれている。

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■デッドスペース②。管理用階段がある。

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■デッドスペース②の管理用階段入口

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■3棟とも山手通りから7、8m後退している。林立するフェンス。

 3次元的な、高低差に富んだ空間であるため、フェンスで囲まれた場所が多く、フェンスが林立しているのもこの一帯の特徴だ。地形と建設技術のせめぎ合いがつくりだした複雑で非合理的な空間。だが非合理なるがゆえに惹かれる空間だ。【吉】

渋谷区本町:崖下の袋小路

【堤の上の水道道路】
 新宿から甲州街道を西に1.5kmほど向かった北側に渋谷区本町が広がっている。JR渋谷駅から離れた渋谷区の隅の方に本町があるのは奇妙だが、もともとこの場所の町名は「幡ヶ谷本町」だったものを「幡ヶ谷」を略してしまったために渋谷区の中心のような名前になってしまったという。
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(「東京地形図 on the Google Earth」gridscapes.netをもとに作成)
 本町の南を「水道道路」と呼ばれる道路が通過している。西新宿の超高層ビル街がもともと淀橋浄水場であったのはご存知のとおりだが、その建設に伴い玉川上水の水を世田谷区和泉付近から浄水場まで運ぶためにつくられた水路だった道だ。
 水路は水を自然流下させるため、浄水場にむかって一定以上の勾配を保った下り坂にしなければならないわけだが、そのため周辺の地形によっては掘割をつくったり築堤を築いて通さなければならない。本町では水道道路は基本的に築堤の上を通っており、周囲の町は水道道路より低くなっている。

【児童公園の隅に隠された階段】
 水道道路沿い、南側に接して「本町南児童遊園地」という児童公園がある。堤の上につくられた公園で、南側は崖になっているため基本的にフェンスで遮られている。
 しかしよく見ると、公園の南西端に崖下に下りていく狭く急な階段を見つけることができる。これはどこへ繋がっているのか。
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■崖下に向かう階段。急で狭い。

 階段を降りてみると渋谷区リサイクルセンター裏の崖下、民家が4軒並んだ場所に出た。一方はアパートで遮られ、もう一方は幡ヶ谷変電所横の階段で遮られている。ここから今来た道と逆方向へ抜けるためには民家と民家の間の狭い隙間を通らなければならないようだ。
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■崖下の空間。右が渋谷区リサイクルセンター、左が崖下の民家。つきあたりは幡ヶ谷変電所の階段で行き止まり。

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■民家と民家の間。狭い。

 思い切って民家の間をすり抜けると、人が通れるくらいの空間に敷石を置いた明らかな通路が現れ、敷石をたどり水道道路と逆側の道路に出ることができた。
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■逆側の入口からは敷石を置いた通路が

 図示すると下図のようになっている。この一画には8軒の民家があり、中に通路(青点線)が巡らされており、どの家からも南側の道路に出られるようになっている。一方家と家の間が狭いため、児童公園の階段には北側の4軒の裏口しか通じていない。災害時のことを考えると両方に抜けられるのが望ましいのは確かだが、それにしても4軒の裏口と繋ぐために公園の片隅に設けられたこの階段、見かけとは裏腹になんとも贅沢な階段である。
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■階段と崖下の民家の位置関係

【吉】

赤城下町・矢来町:地形が隔てた背中合わせの町

【2つの町を隔てる段差】
 早稲田通りを進み神楽坂を上る。上りきった北側に赤城神社がある。北側に1本道を入ったあたりまでが矢来町、そこからさらに1本道を入ると赤城下町で、2つの町はこの2本の道の中間で接している。
 付近の地形をみると、2つの町が接する線ですっぱりと6mほどの段差がある。そのため矢来町の道と赤城下町の道を繋ぐ道はなく、矢来町側から入った道は途切れ、赤城下町側から入った道は擁壁につきあたり、この2つの道は繋がることなく平行に300mほど伸びている。
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■赤城下町と矢来町の位置関係、地形、道路網(「東京地形図 on the Google Earth」gridscapes.netをもとに作成)
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■擁壁につきあたる赤城下町側から入った道

【2つの抜け道① 区立あかぎ児童遊園】
 2つの道は繋がっていないというのは公道の話で、実は2か所抜け道がある。その一つが区立あかぎ児童遊園だ。
 あかぎ児童遊園は南北に延び、矢来町の道、赤城下町の道それぞれから延びてきた道を園内にある階段でつないでいる。また園内の南北の段差を利用して象の形のすべり台が設置されている。この造形がなかなか趣深い。
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■園内の階段

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■象のすべり台

【2つの抜け道② サクラハウス横】
 矢来町の道沿いにかつて見晴湯という銭湯があった。現在ではサクラハウスという外国人向けシェアハウスになっているが、この駐車場を奥に進むと下におりる階段がある。階段横の壁面には消えかかった「パーマ ■美の店 ここおりる」というペンキの文字が。矢印にしたがって階段を下りると鉄扉を通り抜け赤城下町側から延びてきた道に出ることができる。出たあたりに空地があり、ここが以前パーマ屋だったのだろう。
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■見晴湯の煙突(2012年当時)。現存しない。

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■サクラハウス横の駐車場。この奥に…

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■下に下りる階段。壁に何か書いてある。

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■「パーマ ■美の店 ここおりる」と判読できる

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■階段を下りると鉄扉が

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■鉄扉を出たあたりの空地から出てきたあたりを見る。この空地がおそらくパーマ屋。

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■赤城下町側から延びてきた道に出る

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■赤城下町の道から振り返る。見晴湯の煙突。

 400年前わずかな地形の段差が背中合わせの町をつくりだし、その構造が現在に至るまで引き継がれている。現在では家並みに埋もれている微地形だが、それは確実に道筋や町割に反映されているのだ。【吉】

2020.04.01

代々木4丁目:抜けられます

 代々木4丁目、代々木五郵便局の向かい。スーパーに接して隣のビルが建っている。手前には街路灯と送電用の金属柱が建っている。その金属柱の陰、スーパーと隣のビルの間に1mに満たない隙間が開いているが、実はここは通り抜け可能なのだ。
 金属柱の横から体をすべりこませるとしばらくは入口の幅の隙間が続くが、やがて幅は少し広がり、足元の舗装も変わり、植え込みなどがある民家やアパートの入口なども面するようになる。そして最終的に保育園の横に出る距離にして約50mの道だ。
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 水路敷か何かかと思ったが、登記上筆は別れているがスーパーの隣のビルと同じ所有者の所有となっている。ビルの管理上必要なスペースとして通路としているのだろう。

 なお実は裏の保育園側からは通路があることがわかりやすくなっている。途中それより奥に行くには少し勇気がいるが。
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【吉】

 

(2020.4.12追記)
 本田創さんの「東京の水 2009 fragments」によればこの通路は河骨川の西側の流路の跡ということだ。

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