映画「踏みはずした春」と東京にあった「乗馬道」
■「踏みはずした春」の不明なロケ地
このところ70年代以前の渋谷の映像について撮影された場所を特定することを進めており、「東京ポチ袋」の「映像の中の渋谷」で順次紹介をしている。
その作業の中で、映画「踏みはずした春」のロケ地について2つの疑問が残った。
この疑問を解決する過程で都内にあった「乗馬道」という特殊な空間の存在を知ったので、解明の過程を順を追って紹介したい。
■ラストシーンの道の特定
まずは①の場所から考え始めた。手がかりは
・幹線道路クラスの広い幅員 ・まっすぐな線形、いちょう並木 ・線路沿い ・線路は道路より少し高く、低いガードがある ・沿道に「喫茶外苑」がある |
である。
見覚えのない道だが、しばらく地図と見比べ、条件に合うのは国立能楽堂付近、千駄ヶ谷駅から代々木方面へ延びる都道414号と総武線ではないか、現在鉄道と都道の間は分厚い首都高速4号の構造物でさえぎられているが、首都高がなければこのような風景なのではないかと考えた。
そう考えると鉄道と道路の間の広い空間はのちに首都高がつくられるスペースと考えられるし、浅丘ルリ子が待っていたガードは、現在高速道路に隠されている仲道ガードか大通ガードと考えられ、色々と条件が合致する。
のちに当時の住宅地図で画面に写っていた「喫茶外苑」を発見し、この場所だと確定した。
■「乗馬道」の存在
実は上記のことを調べているうち、興味深い事実を知った。
都道414号と総武線の間の広いスペース、映画の中では広い緑道のような使い方をされているこのスペースが、鉄道史探訪家の内田宗治氏が書いた記事によれば、戦前明治神宮と外苑を繋いでいた乗馬用の道だというのだ(URBAN LIFE METRO「昭和の戦前、なんと中央線に沿って『乗馬道』があった! いったいなぜなのか」※図面もあって面白いので必見)。
長さ約750m、幅約7mの砂と木くずを混ぜたものが敷かれたこの乗馬道が、戦後廃止され映画に写っているような幅広い緑道となり、60年代には高速道路の建設用地として利用された。それによりこの道路の風景は、ひと目映画で見ただけではどこかわからないくらい変貌したのだ。
■「渋谷警察署」の特定
次は「渋谷警察署」とされる建物についてだが、乗馬道の存在を知ったことから、次のように考えた。
・「警察署」に続く道にも広い緑道状の空間があった。 ・この「警察署」も乗馬道の沿道にあるのではないか。 |
この時点で思い当たる建物があった。北参道にあり、現在ゼネコンのフジタ本社がある修養団SYDビルだ。
修養団とは1906年に設立された教化団体であり、大部分の教化団体が戦後解散させられた中現在でも存続している団体である。
同ビルは1996年に建設された十数階建の高層ビルだが、この前身となったビルがあって、それが渋谷警察署として使われたのではないかと考えたのだ。
建替え前の建物の姿を探すうち、修養団の広報誌「SYDかわらばん」に行き当たった。同誌の2021年5月20月号に「歴史探訪 修養団事務所の変遷」という記事があり、その中に「渋谷警察署」と同じ建物を見つけた。ビンゴ。
修養団会館。1926年建設。(SYDかわらばん 2021年5月20日号より)
■映画「踏みはずした春」について
以上がロケ地特定と「馬車道」を知った経緯だが、最後に「踏みはずした春」について紹介しておこう。
1958年の日活映画で監督は鈴木清順。
少年院帰りの小林旭の更生をボランティアとして支援する左幸子。彼女は就職の世話や、小林とその彼女である浅丘ルリ子との再会を手伝うなど小林の社会復帰を図る。しかし左は次第に役割を超えて年下の小林にほのかな好意を抱くようになり…というあらすじ。
乱暴者だが年上の左が好意を寄せてしまうような愛嬌に満ちた小林のキャラクター、敵役ながら憧れてしまうほどかっこいい宍戸錠、小林に対する淡い想いを見事に演じる左の演技とそれをバックアップする林光の音楽など、見ておいて損はないと思う。
そして何より全編渋谷周辺のロケが中心なところが「映像の中の渋谷」を進めている我々には魅力だ。今後「映像の…」の中で今後順次発表していくので乞うご期待【吉】