渋谷定点観測02-22

2022.10.31

渋谷定点観測02-22 その13 円山町・神泉・道玄坂

062 円山町その1

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002年の中央の和風建築、1957〜79年の住宅地図には「料理 春 富久井」と表記がある。2002年の時点では「ギャラリーショップ やなせ」の表記が。料理屋の建物を活用してショップにしたのだろう。そして2016年賃貸マンション「春富久井ビル」が完成した。かつての店名を冠したネーミングだ。手前の「ホテル ルテシア」は健在。奥の「ホテル チャンドラ」は「ホテル ゼロ」になったが、建物の形は変わっていない。

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063 円山町階段

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階段横の「三光ハイム」、つきあたりの「NEIビル」は変わらず。赤い屋根の木造アパート「栗山荘」は建て替えたが現在も「栗山荘」という名称。

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064 円山町その2

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2002年時点で看板は出ていないが「おでんの店 ひで」であった。2022年も変わらず営業中。植え替えたのか伸びたのか、植え込みの様子はだいぶ違う。

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065 円山町その3

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料亭「花芳」は個人宅と駐車場になった。背後の「ホテル ペリカン」は健在。

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066 円山町その4

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料亭だろうか、「三門」と看板を掲げた和風建築。この翌年賃貸マンション「ヴィータ道玄坂」に建て替わっている。2022年は外装修繕のための足場がかかっている。カーブミラーの上の「HOTEL TEN-UN すぐそこ」のサインはなくなったが、ホテル自体は今もある。2022年のピンクの看板。これは奇抜なデザインで一時話題になった「スイーツホテル ルビー」「スイーツホテル ショコラ」(Jタウンネット「客室の壁にパン、パン、パン...! メルヘンすぎるラブホが渋谷に爆誕→記者が突入してきました」)のオープンの広告だ。

 

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067 道玄坂看板建築

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2002年当時新大宗ビル群の前面に6軒残っていた看板建築。当時の住宅地図をみると右から「DUKAN」「ナショナルショップノザワ」、1軒とばして「パラダイスアート」「大和興産渋谷コミュニティスペース」「セキネ」の5軒が営業中であった。壁面の剥落防止のためか緑色のネットがかかっている。ストリートビューで確認すると2014年から2015年の間に解体され駐車場化したようだ。
そしてこの駐車場を取り囲む新大宗ビル群の一帯も現在再開発が計画されている。11階建のホテルと30階建のオフィスが建設される模様(三菱地所「『道玄坂二丁目南地区第一種市街地再開発事業』再開発組合設立のお知らせ」)

 

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068 渋谷道玄坂トンネル

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トンネル上部の小屋がなくなり、表面をはうツタ類が増えている。右側の階段、「おでん 小料理 侘助」の看板がなくなった。踏切の設備も、中央の縦一列のランプがなくなったり、警報機の丸いランプが四角くなったり、新たに五角形のランプがついたりと微妙に変化している。詳しい人が見れば、この20年間の鉄道技術の変化が見てとれるのかもしれない。高圧電線の制限高が4.1mから3.8mに変わっている。

「渋谷定点観測02-22」の最後に
今回2022年の定点観測は以上です。まだまだ変貌を続ける渋谷、10年後の2032年、20年後の2042年と定期的に定点観測を報告していきたいと考えていますのでまたご期待ください。
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2022.10.24

渋谷定点観測02-22 その12 百軒店その3・道玄坂一・二丁目

055 喫茶ライオン

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1926年創業の名曲喫茶ライオン。基本的に外観は変わらずあまり劣化も進んでいないが、入口の緑の突き出し看板がなくなった。とれちゃった? また窓のテントの配色が変わり、電柱の突き出し看板がなくなり、巻付看板の配色が変わった。一軒向こうの老舗ロック喫茶BYGはピンクの看板が外れている。写真には写っていないが窓の外に放り出してあった。一軒手前の物干し台が置いてあった民家は紆余曲折あり現在は焼肉屋に。ストリートビューで確認すると「麺処 ぶたのまき」→「ブラジリアン食堂 BANCHO」→「焼肉酒場 肉ジョージ」→「博多焼鳥 串ジョージ」→現在の「焼肉ホルモン 新井屋」とめまぐるしくテナントが変わっている。道路がブロック舗装になった。

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056 百軒店北側の通り

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喫茶ライオンがある北側の通り。左側丸八ビルの看板がなくなった。1階が黄色い建物とその奥は建替え。ロック喫茶BYGのピンクの看板もなくなっている。つきあたりの駐車場に2005年道玄坂柳光ビルが完成。さらに奥に看板が見える、文化村のはす向かいにある渋谷シティホテルは2015年に名称変更とともに「SHIBUYA CITY HOTEL」の表示がなくなった(EN HOTEL Shibuya「渋谷シティホテルが生まれ変わります。」)。道路がブロック舗装になった。

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057 千代田稲荷神社

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神社は基本的に変わりなし。入口に折りたたみゲートがついたくらい。向かって右側の「ホテルモティ」は改装して新しくなり、左側の駐車場は道玄坂柳光ビルが完成。なお柳光ビルは渋谷にいくつもビルをもち、「渋谷定点観測02-22 その8 宇田川町」で紹介した「CISCO」のあったビルも同社所有のビルだ(柳光SYJグループ「4つのビルのストーリー」)。道路がブロック舗装になった。

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058 ホテル「アラン・ド」

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入口が塞がれ「大改装 近日OPEN」の張り紙が。しかしSNS等でたどると閉館したのは2019年、それから3年経った2022年現在まだ再オープンはしていない。壁面には落書きがありガラスも割れ始めている。2022年現在の渋谷区の「旅館業施設リスト」にはまだ掲載されているので再オープンを諦めてはいないようだ。同資料によれば1983年に許可がおりている。36年間続いたわけだ。なお新宿のアラン・ドは現在も営業中。

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059 円山町への坂

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文化村通りと道玄坂を直接つなぐ道路であり円山町への主要な動線であるのに名前がない道路。近年「ランブリングストリート」と呼ばれているようだが定着するか。この地点は文化村通り側からの入り口部分。
左側手前の1階が黄色い飲食店「花の木」は全体が黄色くなり飲食店「渋谷ゴールデンボール」に、その奥の緑で覆われたロシア料理「サモワール」は飲食店「しぶや花魁」になった。その奥の「ホテル・セラヴィ」は2011年「ホテル・ウィル」に。なおサモワールは1950年に現在のヤマダデンキLABI渋谷店のあたりに開店(東京些末観光「50年代の渋谷三角地帯(2)」)、その後当地に移転し、SNSをたどると2007年ころに池尻に移転した。
右側は青い看板の「ホテルプリンセス」がピンクの看板「ホテルエリアス」に。しかし「ホテルエリアス」は渋谷区の旅館業施設リストによれば営業許可日が1967年になっているので単なる名称変更だろう。だとすれば円山町で一番古いラブホということになる。
奥に見える道玄坂上に建設中の「E・スペースタワービル」ビルは2002年に完成。

 

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060 マークシティ横の坂その1

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「ホテルふじや」は「道玄坂Trビル」に建て替わった。手前の「ノナカビル」や右側の「龍昌ビル」は健在だが袖看板が消えた。袖看板は今どきはあまりはやらないのかもしれない。

 

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061 マークシティ横の坂その2

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マークシティ側は変わらない。だがなぜか駐車場入り口の上にマークシティのロゴがつけられた。入口がわかりにくいという意見があったのか。右側に2012年渋谷ヒカリエ、2019年渋谷スクランブルスクエアが完成している。

 

2022.10.17

渋谷定点観測02-22 その11 百軒店その2

050 喫茶ライオン裏口

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1926年創業の名曲喫茶ライオン。こちらは表の入口ではなく裏手の飲み屋街側の入口。2007年飲み屋街が開発され賃貸マンション「スクエア渋谷」が完成した。ライオンの裏口に至る飲み屋もスクエア渋谷の駐車場となっている。

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051 百軒店飲み屋街その1

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百軒店の中央の通りから奥に2本路地が伸び、飲み屋街があった。そのうちのさびれた方の路地。2002年の時点で立ち退きを進めていたのだろう、営業している店も少なく一部すでに廃墟化が始まっている。「わかば」「向かい」等が営業中。2007年飲み屋街が開発され賃貸マンション「スクエア渋谷」が完成した。2022年は全く意味のない写真になってしまったが同じ角度から写真を撮影した。スクエア渋谷のマンション入口。

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052 百軒店飲み屋街その2

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百軒店の中央の通りから奥に2本路地が伸び、飲み屋街があった。そのうちのまだ栄えている方の路地。「スナックぴえろ」「スナック島」「モニカズ」「まさこ」「スナックさらさら」等がまだ営業中。2007年飲み屋街が開発され賃貸マンション「スクエア渋谷」が完成した。2022年は全く意味のない写真になってしまったが同じ角度から写真を撮影した。スクエア渋谷のオフィス階入口。

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053 百貨店飲み屋街その3

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百軒店の中央の通りから飲み屋街入口を見る。「一木屋酒店仮店舗」「庭」「すみ江」等の店名が見える。「渋谷時報社」はどんな出版物をつくっていたのか。気になるところ。2007年飲み屋街が開発され賃貸マンション「スクエア渋谷」が完成した。ついでにつきあたりの「ホテルサンエイト」は駐車場になっている。

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054 百軒店中央の通り

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百軒店の中央を通る道。右側のマンション「サンモール道玄坂」つきあたりの「Sgビル」(左)、武道具店「松興堂」(右)、「野村不動産渋谷道玄坂ビル」(背後)、「渋谷マークシティ」(さらに背後)、左側奥のライオンズマンション道玄坂は変わっていない。街路灯の形もそのままだ。左側手前の飲み屋街の一画は2007年賃貸マンション「スクエア渋谷」になった。

 

2022.10.09

渋谷定点観測02-22 その10 百軒店その1

045 百軒店入口

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道玄坂側の百軒店のゲート。店舗はつきあたりのローソン、道頓堀劇場を除いてほぼ入れ替わっている。ゲートもゴルフボール的な人物から鳥居のような形に変わった。

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046 道頓堀劇場

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1970年開業のストリップ劇場。店舗の詳細はこちら(東京些末情報「道頓堀劇場」)に譲るとして、黄色いちょうちんに赤い筆文字のネオンの外観は全く変わっていない。手前のビルの弁当屋は風俗の無料案内所に改修中。

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047 百軒店路地その1

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目立たない道だが百軒店入口の坂の横を入る路地。左右の建物は色合いは変わったが同じ建物。左側の建物は1階部分をぶちぬいて間口を広くしたようだ。驚くべきは右側の建物のシャッターのペインティング。20年で店は変わっても全く色あせていない。

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048 百軒店路地その2

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その1の入口を入った奥。路地の奥にありほとんど目立たない店「とりかつ」がずっと続いているのは驚き。

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049 ムルギー

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レンガ張りの入口に変化はなし。建物の色は赤から茶色になった。窓際の植え込みはフェンスになり、入口の右に勝手口ができた。

 

2022.10.03

渋谷定点観測02-22 その9 道玄坂小路・道玄坂二丁目

039 道玄坂小路

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渋谷109や渋谷プライムの街区の裏で文化村通りと道玄坂を結ぶ道玄坂小路。2002年にこの場所を撮影したのは1997年までこの場所にあった「フレッシュマンベーカリー」の跡地だったからだ。同店についてはこちらに譲るとして(東京些末観光「フレッシュマンベーカリー」)、閉店から5年後の2002年まだ建物は残り、ガラス戸には閉店を報じる新聞の切り抜きが貼ってあった。
2008年この背後にあった「長谷川スカイラインビル」一帯の建替えによりこの場所は「ヤマダデンキLABI渋谷店」の道玄坂小路側の出入口になった。左側のシャッターは同店の修理受付センター。背後の若槻ビルはテナントが入れ替わったものの現存。

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040 麗郷

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麗郷の建物は変化がないが足元の排水処理に変化あり。坂に沿って盛り上げていたコンクリートの水除けがより高くなり、建物の先にマスをつくり植木を植えている。坂からの排水処理に苦心している様子。

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041 百軒店への階段その1

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右側トーワ道玄坂ビルの植え込みがなくなりコインロッカーになっている。ファッションヘルス「現代から未来」は「渋谷ストロベリージャム」に。左側椎津ビルのしゃれた(?)街路灯はなくなった。階段の上の方は道玄坂ナルセビルの敷地で狭くなっていたが「ホテルエルメ」の建設に伴い拡幅された。
そんな中全く変わっていないのがファッションヘルス「道玄坂クリスタル」だ。Midnight Angel(風俗サイトにつき閲覧注意)によれば同店は2022年時点で「30年の歴史をもつ老舗」とのこと。ここはもう公式名称「クリスタル坂」でよいのではないか。

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042 百軒店への階段その2

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手前右側の道玄坂ナルセビルの敷地はベニヤ板で囲まれ狭くなっていたが「ホテルエルメ」の建設に伴い拡幅された。左側の「愛知歯科」は「ネットルーム 1.st」に。「ザ・プライム」の看板の配色が変わった。

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043 麗郷裏の坂

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麗郷に向かって左側の坂を上ったところ。右側の手前のレンガ壁は麗郷。右奥のカスミビルはテナントに変化があるものの健在。左側のラブホ「Villa Giulia」も配色が変わったものの健在。正面のながらく仮囲いで囲まれていた旅館聚楽跡の敷地は「渋谷区道玄坂二丁目開発計画」によりドンキホーテホールディングスが地上28階建の店舗・事務所・ホテルを建設中(2023開業予定)。

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044 道玄坂2丁目ラブホ街

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右側のラブホ「Villa Giulia」は配色が変わったものの健在。左側のラブホ「ホテル アート」は「ホテル パリス」に。しかしゲートや入口のガラスブロック、壁の太陽の装飾や模様もほぼそのまま。居抜き物件か。正面のながらく仮囲いで囲まれていた旅館聚楽跡の敷地は「渋谷区道玄坂二丁目開発計画」によりドンキホーテホールディングスが地上28階建の店舗・事務所・ホテルを建設中(2023開業予定)。遠方「パチンコマルハンタワー」(2016閉店)ビルには「MEGAドンキ」が開店し「驚安の殿堂」の看板が。2019年完成した地上20階の「渋谷パルコ・ヒューリックビル」の頭が見えている。

2022.09.26

渋谷定点観測02-22 その8 宇田川町

035 東急ハンズ向かいの小階段

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東急ハンズの前の道路は歩道と車道に段差があり、以前歩道から横断歩道に下りる小階段があった。ここもたまたま1985年頃の写真があったので並べて掲載しよう。
1985年の頃はコンクリートにガードレール、背後の渋谷区清掃事務所の壁もブロック塀だった。なおブロック塀の足元に見える石標には「陸軍用地」の表示がある。
2002年清掃事務所の建替えに伴いブロック塀はフェンスになった。写真には写っていないが陸軍用地の石標は敷地内に移設された。
2022年階段はなくなり、コンクリートの擁壁も緑化され、ガードレールもフェンスに変わった。階段がなくなったことで横断歩道の位置も変わっている。なおGoogleストリートビューで確認したところこの階段は2019年までは残っていたようだ。

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036 井の頭通りから神南小への階段

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井の頭通りと神南小学校がある小高い丘を結ぶ階段。
階段横の新東京ビルは2002年には「CISCO」「Manhattan Records」「hot wax」「Yellow Pop」等レコード屋の牙城だった。一部ではこの階段を「シスコ坂」と呼んでいた。と知ってたみたいに書いてるけど今回調べるまで正直知りませんでした。詳しくはこちらを(シブテナ「宇田川町で半世紀『シスコ坂』の生みの親 柳光商事 一柳弘子さん」)。「CISCO]は2007年、「Yellow Pop」は2011年に閉店し、2011年開店した「FACE RECORDS」が残っているもののカフェになっている店もあるようだ(シブヤ経済新聞「渋谷・シスコ坂に中古アナログレコード店『フェイスレコード』-同業店跡に移転」)。そのせいか外観も突き出し看板やテントがなくなりすっかり落ち着いている。階段下の木造家屋も2013年建て替えられてカフェ&ダイナー「FLAMINGO」になった(渋谷経済新聞「渋谷・宇田川町にカフェ&ダイナー『フラミンゴ』-LD&K新店」)。
新東京ビルの背後には2019年建て替えられた渋谷区役所と「パークコート渋谷ザタワー」が。

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037 二・二六事件慰霊像

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2022

ここは全く変わっていない。むしろ「二・二六事件慰霊像」という木標の文字がくっきり新しくなっている。1965年この像を建立した「佛心会」がまだここを管理し続け、花を手向けているのだろうか。背後に2019年建て替えられた渋谷区役所。

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038 安全菩薩

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渋谷地方合同庁舎裏にある菩薩像。区役所周りの開発に伴いどうなるか気にしていたが無事であった。傍らの碑文には「安全菩薩 十九名の青年将校と玉井事務官の霊及び 一切の諸霊の冥福を祈り 庁舎及び職員(家族)の安全を祈願する 昭和五十七年七月十五日 東京法務局渋谷出張所長」とある。この文面が気にかかった方は過去の記事をお読みあれ(東京些末情報「渋谷安全菩薩:二・二六事件の怪談と法務局事務官の死」)。
背後に2019年建て替えられた渋谷区役所。

2022.09.19

渋谷定点観測02-22 その7 渋谷センター街

032 渋谷センター街その1

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基本的に看板は変わったが建物自体は変化がない。テナント総入れ替えの中大黒屋強し。

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033 渋谷センター街その2

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建物も舗装も街路灯も変わっていない。変わったのはテナントだけ。松屋と歌広場、ABC-MARTはセンター街では老舗。

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034 門

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「新楽飯店」は「香港食市場」に、「ポプラ」はラーメン屋「神座」になったが、創業73年の「門」は20年くらいでは看板のデザインすら変えない。

2022.09.12

渋谷定点観測02-22 その6 井の頭通り

027 渋谷ロフト

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LOFTや西武のロゴまわりの配色、右側のビルのファサードが変化したほかは基本的に変化なし。隣のビルのプロントも健在。後方の西武渋谷店パーキングビルの窓が塞がれている。

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028 井の頭通り裏袋小路

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1985頃
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この地点は1985年頃にも撮影していたので3時点を比較してみた。1985年頃にはまだ木造の民家に囲まれた一画だった。2002年以降はパルコがデカくなった以外は大きな変化なし。
 
【おまけ】
ついでに1985年頃のこの界隈(地点A)の画像を定点観測から離れて一枚だけ。

当時すでに109やパルコの街であった渋谷の、通りから一歩入ったところに突如現れる繁華街の空白地帯に驚きシャッターを押した記憶がある。背後に東急ハンズ、ホテルオリエント(のちのシネマライズ)、パルコpart1,part3等が見える。 028a
ロフトやスペイン坂を含むこの一帯がこの時期まで開発から取り残されていた背景には、区画整理がこの一帯だけ行われなかったことがあるように思う。1948年~1972年にかけて、渋谷駅を中心とした84haの範囲で道路の拡幅や敷地の形の改善を目的とした戦災復興土地区画整理事業が行われたが、この一帯だけ「除外地区」として外されており、その結果行き止まりの道や細長い敷地、細い階段道が残された。その結果スペイン坂のようにその特性を活かした街がつくられた一方、袋小路の周囲は長く開発から取り残された。除外されたのにはどのような経緯があったのだろうか。

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東京都建設局「甦った東京:東京都戦災復興土地区画整理事業誌」(1987.3.30)より作成

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029 スペイン坂

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左側奥はシネマライズ。シネマライズは2016年に閉館、同年ライブハウス「WWW X」になった。右手の雑貨店「大中」をはじめほとんどのテナントが変わる中、スペイン料理「びいどろ」は生き残っている。縦書き2文字×2行の看板は読み間違えられることが多かったのか、文字の配置が横書きになっている。背後のパルコが巨大化して背景を覆いつくしている。

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030 宇田川交番・渋谷角海老・兆楽

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交番や角海老前の歩道部が拡張され、ガードレールも新しくなっている。街路灯の位置も変わり交番前の木も育った。角海老入口上の斜体太ゴシックのネオンがなくなっている。兆楽は健在。なお兆楽は三千里薬品の天津甘栗の社長がやってるって知ってた(シブテナ「渋谷の1日を見守る中華定食店『兆楽』」)

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031 龍の髭

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台湾料理店「龍の髭」は2014年で閉店。跡地のビルにはスニーカーショップ「atmos」がオープンした。

2022.09.05

渋谷定点観測02-22 その5 神宮通り・神南

022 大盛堂書店

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大盛堂書店は現店舗の場所に一時店舗がなかったが2001年に「TOKYO文庫タワー」を開店。2005年にはこれを「駅前店」とし、神南にあったこの店舗を閉店した(シブヤ経済新聞「老舗『大盛堂書店』本店が休業-ビル老朽化に伴い」)。神南の店舗の跡地には2009年「ZARA渋谷公園通り店」がオープンしている。
隣接する渋谷マルイは2022年8月に一旦休業、木造商業ビルに建て替えたのち2026年に開業を予定している(シブヤ経済新聞「渋谷マルイ、木造商業ビルへの建て替えに向け休業 51年の歴史にいったん幕」)。

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023 西武渋谷店

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ロゴの配置が微妙に変わったこと以外は大きな変化はない。

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024 渋谷消防署付近

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茶色い7階建の丸栄ビルには変化はないが、手前の2階建てのビルは赤い竹籠のようなファサードの建物「丸栄慶雲館」に建て替わった。隣の「ワールド・スポーツ・プラザ」が入った「渋谷グリーンビル2」は落ち着いた色に変わっている。2002年当時のメキシコの建物を彷彿とさせる配色はなくなった。

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025 神南の民家その1

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北谷公園のはす向かいにあった木造2階建の民家。3階建のオフィスビルに建て替えられた。

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026 神南の民家その2

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何軒か立ち並ぶ民家。すっかりマンションに建て替えられていた。

2022.08.29

渋谷定点観測02-22 その4 渋谷駅周辺

015 ハチ公像

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ハチ公像は基本的に変化なし。背後の樹木の位置が違っているが、2004年に行われた改修の結果だろうか。

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016 QFRONT

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屋上ルーバー部に大きく表示されていた「QFRONT」のロゴが下方に小さく表示され、側面に照明が取り付けられた。2Fスターバックスのロゴも変化あり。1F TSUTAYAのロゴがなくなった。背後のHMVの看板はIKEAになっている。西武デパートの「SEIBU」のロゴの位置もひっそりと変わっている。センター街のゲートは変化なし。

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017 神南方面

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三千里薬品の赤と青のネオンの位置に2006年大型ビジョン「シブヤテレビジョン2」が設置された(シブヤ経済新聞「渋谷ハチ公前交差点に4基目の大型ビジョン」)。

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018 三千里薬品

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赤と青のネオンの位置に2006年大型ビジョン「シブヤテレビジョン2」が設置された。店の前にテントが張り出している。甘栗のネオンもテントに。

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019 東急文化会館(1)

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東急文化会館が渋谷ヒカリエになり、バス停や連絡橋の位置も変わったため、撮影地点はかなりずれている。向かって右の「渋谷東口マイアミビル」「渋谷フランセ奥野ビル」「タキザワビル」は基本的に変わっていないが、2002年にはテナントがほぼ消費者金融だった。

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020 東急文化会館(2)

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渋谷駅東口交差点の歩道橋上からの風景。東急文化会館が渋谷ヒカリエになり、連絡橋の位置も変わった。手前の「渋谷東口マイアミビル」「渋谷フランセ奥野ビル」「タキザワビル」のテナントが2002年にはほぼ消費者金融だったのが2022年には美容系の店舗が多くなっている。左手にみえる「あさひ銀行」は2003年に合併し「りそな銀行」になった。

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021 東急文化会館(3)

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東急百貨店東横店東館からの風景。2022年現在渋谷スクランブルスクエア第Ⅱ期建設中のため同じ地点からは撮影できなかった。第Ⅱ期の完成は2027年の予定(東急株式会社「都市開発」)