瀬田隧道:大田区民は神奈川の水を飲んでいる
瀬田隧道との出会い
世田谷区の瀬田を歩いていて、「瀬田隧道(ずいどう)」という銘板がついた閉鎖されたトンネルを見つけた。
瀬田隧道という名前は知っていたが、それがどのような用途のものかは知らなかった。隧道とはトンネルのことである。しかし車が通るような構造には見えない。鉄扉が閉ざされ錠がおろされている。一体何の用途のためつくられたトンネルなのか。
■瀬田隧道と周囲の状況
結論からいうと、これは城南地区の水不足解消のため川崎市から譲り受けた水を、多摩川沿いから城南地区へ導くために設けられた水道管用のトンネルである。
東京都水道相模川系拡張事業
東京都は1898(明治31)年上水道による給水を開始したが、明治の末にはすでに水不足をきたしていたという。
1943(昭和18)年、東京都は給水量に余裕がある川崎市からの分水をうける協定を神奈川県・川崎市と締結した。しかし戦況が激化したため事業実施に至らなかった。
戦後の1950(昭和25)年、「東京都水道相模川系拡張事業」として改めて工事に着工、1959(昭和34)年には川崎市多摩区の川崎市上下水道局長沢浄水場の隣に東京都水道局長沢浄水場が建設され、1960(昭和35)年には事業全体が完成し、大田区の大部分と品川・港・世田谷区の一部に川崎市内の長沢浄水場から水が供給され始めた。
■相模川系拡張事業のルートと給水区域(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973 に加筆)
瀬田隧道
瀬田隧道は、長沢浄水場から延びた水道管が登戸付近の多摩水道橋で都内に入り、東進して山手台地に入る世田谷区瀬田につくられた延長109mの隧道(トンネル)で、1956(昭和31)年に完成した。隧道内には直径1.8mの水道管が通っている。
■瀬田隧道の位置(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973 に加筆)
■瀬田隧道の平面図(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973)
上野毛側の抗口は区道に面しており「瀬田隧道」の銘板が取りつけてある。入口の金網から覗くと中の様子が窺える。
そして抗口横の階段を上り丘の反対側へ下りると、丘の下の丸子川に橋がかかり、閉じた鉄扉の20mほど奥に丸子川側の抗口が見える。
■丸子川側:ガードレールの向こうが丸子川。コンクリートの橋がかかり青い鉄扉が閉じ、奥に道が続いてている。
■丸子川側:横から見た橋。資料によれば直径1.8mの水道管が丸子川を横断しているはずだが見当たらない。川の下を通っているのだろうか。
東京都水道局に問い合わせたところこの瀬田隧道は現役の施設であるという。
■工事中の上野毛側抗口(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973)
■工事中の丸子川側抗口(「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973)
特撮番組と瀬田隧道、そして長沢浄水場
瀬田隧道は特撮番組にも登場している。
「ウルトラQ」第6話「育てよ! カメ」で太郎少年がのちにガメロンに成長するカメをこっそり育てている場所として登場する。
また「ウルトラマン」第12話でミイラ人間が逃げ込む場所としても登場する。どちらも隧道の中に入って撮影されているようだ。
また瀬田隧道と同じ相模川系拡張事業で整備された長沢浄水場はその特徴ある姿から数多くの特撮映画・テレビ番組に登場している。
おわりに
浅学にして川崎市が東京都に水を分けていることを知らなかった。
京都民・大阪府民に対して「琵琶湖の水止めたろか」という滋賀県民のジョークがあるが、神奈川県民は大田区民に「相模川の水止めたろか」と言えそうである。【吉】
参考:「東京都水道相模川系拡張事業誌」東京都水道局、1973







